大阪電気軌道

大阪 – 奈良間の短絡を目的に、1910年(明治43年)9月16日に設立された奈良軌道がその起源である。
当初は奈良電気鉄道(後述の奈良電気鉄道とは無関係)の社名を予定していたが、鉄道省から改名要請が出されたために変更された。
同年10月15日、社名を大阪電気軌道(大軌)に改称した。
この頃は1905年(明治38年)開業の阪神電気鉄道に始まった、路面電車を発展させた郊外電車であるインターアーバン(都市間連絡電車)の建設が日本各地で流行している時期でもあり、大軌もその流れの中で設立された。
なお、現在の関西における大手私鉄直系祖先会社の中では、最も遅い発祥でもあった。
元々大阪 – 奈良間の私鉄建設には、単線かつ狭軌の鉄道として3つの出願がなされていた。
いずれもバックに政治家や資本家がいて、裁定もしかねる状態であった。
そのため3つの出願を1つに統合する事が提案され、その結果として奈良軌道の設立に至ったのである。